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シリーズ 【Vol.25】
【Vol.25】
プラス発想で生きよう
習慣化されたマイナス発想
何事にもとらわれず、身も心も自然のままの自分になれると、前述のように、人間本来の「感性」が活発化してきますが、それと同時に、いわゆる「プラス発想」になることができます。
プラス発想というのは、私たちが積極的な人生を送るために、そして、何らかの形にせよ社会で活躍するために欠かせない〝能力〟です。そこで、天華三法行の繰り返しによって、日常生活に表れる具体的な力の一例を取り上げてみたいと思います。
プラス発想というのは、何事も肯定的にとらえる思考を生みだします。楽観的、あるいは前向きな考え方を生むと言ってもよいでしょう。逆にマイナス発想は、消極的、悲観的、否定的にとらえる思考を生みます。
たとえば、ボトルに残ったわずかなウィスキーを見て「もうこんなに飲んでしまったのか」と思う人と、「まだこんなに飲めるのか」と思う人がいます。〝もう〟と思った人は、残りを飲むのが惜しいでしょうが、〝まだ〟と思った人は残りのお酒を飲むのが楽しくて仕方がないでしょう。
たったこの程度のことでも、プラス発想かマイナス発想かで、毎日の生活は大きく変わってきます。なぜなら、日常生活とは、このようなささいなことを〝どう感じるか〟の繰り返しだからです。
もちろん、プラス発想で暮らすことができれば、つまらないことで腹が立つこともないし、ちょっとした出来事にくよくよしたり、悲観的になったりすることもなくなります。
ところが、「もっと気軽に考えようよ」とか、「そんな小さなことでくよくよしないで」と人から言われた時、たいていの人は、そうしたいと思いますが、なかなか自分の気持ちを変えることができないものです。
なぜなら、そのような考え方を、これまで長期間にわたって繰り返してきた結果、マイナス発想が習慣化されて、どのようなことに対しても、悲観的、消極的な見方や考え方しかできなくなっているからです。
たとえば、マイナス発想の人は、人に親切にされても、「あの人が親切にしてくれるのは、裏に何かあるに違いない」と、その人の裏の心理を探ろうとして、素直に好意を受け取ることができないことがあります。
また、自分の目で確認できないことに対してもそうです。たとえば、部下が得意先を訪問すると言って、会社を出かけても、
「あいつは、きっとさぼっているに違いない」という見方しかできなくなるのです。
このように、他人を信じることができなくなり、他人が自分に対してすることは、すべて疑ってかかるという歪んだ心理を持つようになります。そうなると、逆に人から嫌われる人間になってしまうかもしれません。
また、自分に対して、「私は学歴が低いから出世できない」とか、「私は魅力がないから恋人ができない」といったように、つまらないことにこだわり、自分を卑下してしまいがちな人もいます。この思い込みが強くなるとコンプレックスとなり、その人の一生をみずからの手で窮屈なものにしていくことにもなりかねません。
このように、何事もマイナスにとらえていく見方や考え方を繰り返していると、素直でない人間、ひがみっぽい人間、不満だらけの人間、疑心暗鬼の人間に、知らず知らずのうちになっていってしまいます。
このようなマイナス発想の人は、自然のリズムに沿った「行」の繰り返しによって、自然な見方、素直な考え方ができるようになって、物事をあるがままに見よう、前向きに考えよう、積極的に行動しようといった気持ちが自然に生まれてくるようにならなければならないでしょう。

プラス発想に切り替わることの素晴らしさ

さて、マイナス発想から「プラス発想」へと頭を切り替えることができると、私たちにどのような変化が起きるのでしょうか。
たとえば、何かをするとき、「できるかどうか不安だな」とか「失敗したらどうしよう」といったように、何もしない前に、あれこれと心配してしまうクセはありませんか。これはマイナス発想が自分自身を支配しているからです。
しかし、プラス発想になると、同じことでも「ダメでもともとだから、どうせなら楽しんでやってみよう」とか、「やってみれば、何とかなるかも知れない」といった気持ちが自然に出てくるようになります。
このように、プラス発想の人には考え方に無理がなく、しかも積極性があります。そして、余計な心配をしないため不要にストレスを抱えることもありません。それでいて、同じことをしても、好結果を生むことが増えてくるのです。
一例を挙げてみましょう。たとえば、友人から、「その優柔不断な性格がだめなんだ」と、あなたの性格を批判されたとします。その時、あなたは知人に対してどのような反応を示すでしょうか。
一瞬、頭がカッときて逆に相手の欠点を指摘する、懸命になって自己弁護をする、不愉快になって黙ってしまう──といった反応を示す人も少なくないかもしれません。
このような場合、もしあなたが知人の批判に逆らうことなく、その通りだと同意したとすれば、どのような変化が起きるでしょうか。
「そう言われてみれば、そんな欠点があるかもしれないな」と素直に反応すると、知人はあなたの意外な反応に驚くかもしれません。そして、あなたという人間を見る目が変わってくるでしょう。そのとき、あなたの気持ちは、悪感情を抱くわけではなく、むしろそう言えた自分をほめてやりたいような良い気分になれているはずです。
このような例の場合、お互いにマイナス発想だと、お互いにマイナスの結果を出してしまいますが、あなただけでもプラス発想をすることができれば、お互いに認め合う気持ちが生まれ、2人とも深い安堵につくことができるのです。
プラス発想には、このように自分がプラスになれるのと同時に、まわりの人に対してもプラスの影響を与える効果があります。したがって、「人のすることが気にいらない」「人の意見を聞かない」「人の気持ちを疑う」といったことが原因で、いらいらしたり、腹を立てたり、人を責めたりすることがなくなってきます。
その分、毎日が楽しくなり、そして、自分のペースで行動することができるようになるので、何をしても無理がなく、物事が良い方向へと向かっていくことになります。見方や考え方が変わるだけで、こんなにも毎日の生活が変わってくるのです。
また、プラス発想の効用は、このように日々の生活が好転するというだけではありません。あなたの可能性を無限に開くという効用もあるのです。
アメリカのある大学で、学生を対象にプラス発想の調査をしたところ、10人に1人しかプラス発想をする人はいなかったというデータがあります。また、別の調査をした心理学者は、「本当の意味でプラス思考の人は、わずか5%しかいない」という結果を得たそうです。
これらの調査が正しい統計を得るために十分かどうかは定かではありませんが、いずれにしても、圧倒的多数の人がマイナス発想の持ち主であるということは察しがつくでしょう。ということは、もしプラス発想に頭を切り替えることができたら、それだけで10人に1人、20人に1人という選ばれた人になれるということです。
また、古今東西の〝偉人〟が、どのような思考の持ち主だったかを、性格分析によって調べた学者がいます。その結果は、ほとんどすべての偉人がプラス発想の持ち主だったそうです。
つまり、プラス発想になれるということは、日常生活に良い変化が起きるだけではなく、その気になれば、どのような分野でも活躍できる力を持てるということなのです。
「難しい国家試験だけど、私でも取得できるかもしれない」「上司が私のことを嫌っているけど、いつか私の良さを分かってくれるに違いない」といったように、何事も前向きにとらえ、積極的に行動できるようになるのだから、不可能だと思えることでも可能になってきます。このような、素直で積極的な人になることができたら、社会で活躍できる可能性は、今よりもはるかに広がってくるのは言うまでもありません。
さて、ここまでで、天華三法行の繰り返しによって、私たちの内に潜む素晴らしい力が発揮できるようになるということを、より理解していただくために、その一例として「感性」と「プラス発想」を取り上げて説明してきました。
もうお分かりだろうと思いますが、天華三法行は、そんな力を引き出したいと願ったり、求めたりして行うものではありません。毎日、ただ繰り返し「行」を行っているうちに、自然にあなたの内から表れてくるのです。自分の意思で生み出すのではなく、無意識のうちに、結果として、あなたが生まれたときから持っている力が表れてくるものに過ぎないのです。
天華三法行は、あなたの〝源〟に働きかける行です。あなたの生命の〝源〟に繰り返し働きかけることにより、生命エネルギーは、本来の人間が発揮していたように活発化してくるのです。そうすると、生命エネルギーは、先に述べたように「観い(おもい)」となって無意識層から意識層へと源(わ)き上がってきます。
その「観い」のエネルギーが最高に源いている状態を繰り返すことができれば、ただそれだけで、あなたが幸福になるために必要とするすべての力が、あなたの内から表れてくるのです。
天華三法行は、そのような力を現実の生活の場で実証してくれる「行」なのです。
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