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    <title>Webセミナー　第１回</title>
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    <title>世界人類の救済をめざして　（最終回）</title>
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    <published>2010-09-22T14:51:44Z</published>
    <updated>2010-09-22T15:02:31Z</updated>

    <summary>時代背景の移り変わりとともに社会構造の複雑化が進み、「天華の救済」に寄せられる相...</summary>
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    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://universal-joy.net/blog_seminar/001/">
        <![CDATA[時代背景の移り変わりとともに社会構造の複雑化が進み、「天華の救済」に寄せられる相談も、その内容が実に多様化しています。不況のせいもあるのかもしれませんが、決してそれだけが原因ではないでしょう。<br />何年も悩み苦しんできた人、自ら命を絶つことまで考えた人、あるいは結婚の相談にこられる人、将来を不安に思っている人などが相談にこられるかと思えば、元気いっぱいに希望をかなえたいと言ってこられる人、子供を立派な人間に育てたいという人、人類救済に人生を捧げたいという人など、実にさまざまです。<br />こうした相談が寄せられるにつけ、一日でも早く、世の中を正常にして、人間が真に人間らしく生きられる世の中を実現することの必要性をより強く認識させられます。<br />人類の救済は、一人ひとりの「喜びの観い(おもい)」の結集によって実現されます。もちろん、あなたもその一人です。先に述べたように、〝あなたの真の幸福〟が、人類救済の大きな力になるのです。<br />天からのメッセージである「天声」によって誕生した「天華の救済」は、人類の輝ける未来を約束する「観いの時代」をめざして、さまざまな活動を行っています。人々が本当に喜べる社会、人間が人間として〝真の幸福〟を実現できる時代をめざしています。そして、その活動の中心は、このセミナーの中で幾度も述べたように、ただ、あなたが真に幸福になり、喜びに満ちた日々を送っていただくことだけなのです。<br />「天華三法行(てんかさんぽうぎょう)」を紹介させていただいたのも、そのための方法があるということを知っていただきたかったからです。<br />最後に、もう一度だけ記しておきます。<br />「あなたが真に幸福になること。そうすれば、あなたが人類を救う一人になれるのです」<br />
<br />
<div style="text-align: right;"><strong>〈自然の法則セミナー on Web 第１回　　努力を成功に導く法則とは〉・完</strong></div><br />
<br />]]>
        
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    <title>「観いの時代」がやってくる</title>
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    <published>2010-09-20T14:10:55Z</published>
    <updated>2010-09-21T01:12:01Z</updated>

    <summary>いま人類は、大きな転換期にさしかかっていると言えるでしょう。現代社会が、混乱状態...</summary>
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    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://universal-joy.net/blog_seminar/001/">
        <![CDATA[いま人類は、大きな転換期にさしかかっていると言えるでしょう。<br />現代社会が、混乱状態にあるのも、地球環境が破壊されつつあるのも、また人間が人間らしさを喪失しているのも、すべて新しい時代を生み出す〝産みの苦しみ〟がそうさせていると言えるのかもしれません。<br />では、人類はどのように変わっていくのでしょうか。それは、私たち人間の「観い(おもい)のまま」です。人間らしく、喜びに満ちた生活ができる〝真に幸福な社会〟の実現を「観えば」、その通りの社会が実現するのです。<br />私たち人間は、この地球上に生命を与えられてから今日までに、68億人(2010年９月現在)という〝数量の繁栄〟を遂げてきました。しかし、これまでの繁栄は、人間一人ひとりが悩みを抱え、苦を刻みながら歩んできた道でもありました。けっして、「自然の法則」に沿った道でもありませんでした。<br />その結果が、いま現在の私たち人間がおかれている状況でしょう。そして、これまで人間が歩んできた道の延長線上に、私たち人間の未来が置かれているのです。<br />一部の人は、そのことに気づき、「文明の時代」から「心の時代」へ変わらなければと提唱しています。しかし、それでも不十分です。なぜなら、人間の心は揺れ動くからです。心を中心に置いた時代は、どうしても苦の刻みから逃れられないためです。<br />私たち人間が、これからめざす時代は、自然の法則を中心に置いた「観いの時代」でなければなりません。科学や経済が可能にした、これまでの人類の〝数量的な繁栄〟ではなく、「喜びの観いの力」による〝人間の繁栄〟でなければ、この地球上に、人間が真の幸福を実現する時代は、永遠にやってこないと言えるでしょう。<br />「観いの時代」とは、人間が人間らしく、喜びに満ちた日々を送れる時代、自然の法則につかさどられ、大宇宙と調和しながら発展していく、本物の人間の時代です。<br />目に見える世界ではなく、目に見えない世界にこそ、その答があります。そこに「観いの世界」があるのです。<br />その扉を開くのは、真の幸福に満ちた、私たちが源(わ)かせる「観い」の波動です。一人ひとりの喜びの観いが結集してこそ、「観いの時代」が実現するのです。<br />だから、まずあなたに真に〝幸福〟になっていただきたいのです。そして、あなたのように真に幸福な人生を送る人が、一人、また一人と増えていただきたいのです。そうすれば、あなたの〝幸福の力〟が原動力となって、時代は大きく動いていきます。<br />天華三法行は、そのための道具として天から授かったものです。その道具を使って、一人でも多くの人が真に幸福になることができれば、それだけ早く「観いの時代」が実現していきます。<br />あなたの生命の尊さ、素晴らしさ。あなたという人間に与えられた使命と、真に幸福に生きることの意味。もう十分に理解されたのではないでしょうか。]]>
        
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    <title>不自然に歪んだ環境の中で</title>
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    <published>2010-09-18T14:49:38Z</published>
    <updated>2010-09-18T14:50:14Z</updated>

    <summary>「そうは言っても、こんなに歪んだ世の中で、いったいどう生きればよいのか？」。これ...</summary>
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    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://universal-joy.net/blog_seminar/001/">
        <![CDATA[「そうは言っても、こんなに歪んだ世の中で、いったいどう生きればよいのか？」。これまで読み進めてこられた方からそんな声も聞こえてきそうです。確かに、現代社会は、不自然なことばかりで、人間が人間らしく生きられる環境ではないかもしれません。そればかりか、私たちの生命を脅かすほどに歪んでしまっているといえるでしょう。<br />今、注目されている環境ホルモンの問題、オゾン層の破壊や地球温暖化の問題、空気や水の汚染問題など、「自然の法則」を無視した生産活動が、私たちの生命を脅かす結果を招いてきました。私たち人間が、物質的な豊かさを〝幸福の条件〟と勘違いして追い求めてきた答が、今日、いろんな形であらわれているのです。<br />また、私たちが暮らしている社会環境も複雑に歪んで、ストレスによる種々の心身症や、難病奇病の発生など、心や身体の健康を損なう原因が、身の回りのあちこちに存在するようになっています。そして、登校拒否、いじめ、中高年の自殺、悪質な犯罪など、さまざまな問題が急増して、ますます現代社会は人間らしさを失いつつあります。<br />このような状況に加えて、戦後最大の不況の中で、リストラや会社倒産による失業、収入が途絶えて自宅を手放すなど、思わぬ災難にあう人も増えています。また、そこまでいかなくても、家庭経済の悪化で、先行きの見通しも立たないまま、今の生活を守ることに懸命になっている人々も日増しに増え続けています。<br />このような世の中では、「幸福どころか、目先の問題をどうするかのほうが大事だ」と思う人がいても無理のないことです。<br />しかし、ここで気づいていただきたいことは、今の時代や社会環境が悪いから、「だから仕方がない」と思うのは間違いだということです。<br />このような時代だからこそ、私たちは真に〝幸福〟にならなければならないのです。<br />このセミナーで繰り返し述べてきたように、私たちの幸福は、他に求めるものではなく、私たちの内に存在しています。それを、ただ表に出して表現するだけで、私たちは真に幸福になれるのです。時代に流されることなく、環境に影響されることなく、あなたは自由自在に、あなたの人生を送ることができるのです。<br />そして今、時代は、そんな幸福の喜びに満ちているあなたを必要としているのです。なぜなら、すでに述べたように、あなたの幸福のエネルギーが、社会を変え、世界を変えていく大きな力となるからです。<br />今日、私たちが置かれている社会環境も、生命を脅かす問題も、私たち人間が作り出したものです。その過ちに気づけば、私たち人間が、素晴らしい社会を、素晴らしい地球を取り戻さなければならないことは、ごくあたり前のことなのです。今、天が私たち人間に示していることは、このあたり前のことを、「ただ、行いなさい」ということなのです。<br />だから、今こそ、「あなたは、幸福になる使命がある」のです。そして、何度も述べますが、それを可能にする力のすべてを、あなたは持っているのです。]]>
        
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    <title>喜びの人生は私たちの使命</title>
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    <published>2010-09-17T11:04:15Z</published>
    <updated>2010-09-17T11:07:25Z</updated>

    <summary>このセミナーでは、あなたが真に幸福になるための課題と、それを可能にする天華三法行...</summary>
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    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://universal-joy.net/blog_seminar/001/">
        <![CDATA[このセミナーでは、あなたが真に幸福になるための課題と、それを可能にする天華三法行について説明をしてきました。<br />あらためて、要旨を整理してみましょう。<br />――私たち人間は、もともと〝喜びの表現体〟であり、生まれたときに〝幸福になれる力〟のすべてを与えられています。そして、その力は、私たちが人間本来の姿で生きることができれば、自然に私たちの内からわいてきて、生活の中で実証されます。そのような日々を繰り返していると、ごく自然に、喜びに満ちた人生が実現できるのです。――<br />私たちが幸福になる方法は、実に単純明快なものです。そして、私たちがめざす幸福は、手の届かないはるか彼方にあるのではなく、私たちの内に存在しているのです。このことも、ここまで読まれた方なら、もうお分かりだろうと思います。<br />「幸福なんて、夢のまた夢だよ」「苦労ばかりで、人生なんてたいしたことないよ」。このセミナーを読まれる前に、そう思っていた人も、今ではまったく違った意識でとらえることができるのではないでしょうか。そして、自分の素晴らしさに気づき、生きる自信が生まれてきたのではないでしょうか。<br />大いなる天は、私たちを〝喜びに満ちた人間〟として、この地球上に誕生させました。それは、天があなたに課した使命でもあります。したがって、あなたには、真に幸福になる使命があり、真に幸福になる権利があるのです。<br />あなたが真に幸福になれれば、人類が真に幸福になれます。このこと一つとっても、天の意思があなたの生命に課した役割がよく分かります。<br />なぜ、あなたが幸福になると、人類が幸福になれるのか。詳しく説明してみましょう。<br />あなたが、真に幸福になり、喜びに満ちた日々を送っていれば、あなたの家族は、そんなあなたのために毎日が楽しくなります。そして、あなたが発する喜びのエネルギーが、家族一人ひとりに伝わり、やがて家族全員が喜びに満ち、幸福になることができます。<br />そうすると今度は、家族の喜びのエネルギーが、あなたの幸福をさらに増幅させてくれます。<br />また、あなたが会社に行くと職場が明るくなり、同僚たちにも喜びのエネルギーが伝わっていきます。同じことは、あなたの友人知人にも言えます。このように、家族がそうであったように、あなたが接する人々は、あなたによって喜びに満ちてくるのです。<br />そしてまた、それらの人々がわかす喜びのエネルギーが、あなたの喜びをさらに増幅させてくれるのです。<br />このようにして、あなたの幸福が、まわりの人々へと広がると、今度はその人たちが、あなたと同じように、それぞれにまわりの人々に喜びのエネルギーを発するようになってきます。<br />このような繰り返しが続くと、いったい何が起きるでしょうか。あなたの住む世の中が幸福に満ち、やがては地球全体が幸福のエネルギーに満ちて、〝人類の幸福〟が実現するのです。<br />このように見ていくと、あなたという、たった一人の人間の幸福が、これだけ大きな役割を果たすことに、驚かれたのではないでしょうか。天がなぜ、あなたに「幸福になりなさい」と、素晴らしい力を与えてくれたのか。その意味することが、お分かりいただけたかと思います。<br />与えられた生命を最高に輝かせ、「喜びの表現体」として、真の幸福を生きることです。そして、何事にもとらわれず、ただ「喜びの観い(おもい)」のままに生き、その喜びの観いを他の人たちに、無償の愛をもって与え、共に幸福への道を歩むことです。<br />それが、天からあなたに与えられた「生きる」ということの使命と言えるのです。<br />
<br />
<span class="h">もう一つの使命</span><br />
<br />
私たちが〝真の幸福〟に生きるということには、もう一つの大きな使命があります。それは、私たちが、喜びに満ちた人生を実現させることによって、あなたの〝喜びの生命〟をあなたの子孫に引き継いでいくということです。<br />私たち人間は、この宇宙のどこにでもある、一番ありふれた物質で創られています。私たちの身体の元を突きつめていくと、炭素原子を主成分として、酸素や窒素や水素などで形成されています。そのさらに元をたどると、前に説明したように、宇宙に充満するエネルギーに行き着きます。<br />これらの物質は、宇宙を創造した物質とまったく同じなのです。そして、人生を終えると、人間の肉体は、また炭素や酸素や水素に戻っていきます。<br />このように見ると、私たちの生命は、実に不思議な存在だと思いませんか。しかも、36億年もの間、人間の生命は、親から子へと遺伝子を送り続ける作業を、気の遠くなるほど繰り返して、いま現在、あなたという人間が生かされて存在しているのです。<br />あなたは、平均80年という人生を与えられています。それは、与えられた人生時間を使って、自分を人間としてより高いレベルに進化させて、「あなたの遺伝子を子供に、そして孫に渡していきなさい」ということなのです。<br />その使命は、あなた自身が、最高の「観い」を源(わ)かせながら、〝最高の幸福〟を実現することで達成されます。そうすることで、あなたの子や孫が、人間としてさらに素晴らしい人生を送ることができ、人類は進化し、繁栄していくのです。<br />逆に、あなたが悩み苦しんだり、つまらないだけの不幸な人生を送ったとすれば、その生きざまが、そのまま子孫に伝えられていくことになります。<br />このようにみると、あなたが〝幸福〟になること、そして、あなたが生かされていることに、どれだけ大きな意味が含まれているかが、お分かりいただけただろうと思います。<br />あなたは幸福になる使命があり、権利があります。そして、そのために天華三法行が私たち人間に与えられているのです。あなたの生命エネルギーを活性化させ、源いてくる「喜びの観い」を使って、最高の喜びを表現できる人生を実現させることができれば、あなたの一生は、自然の法則にそった〝最高の人生〟となるでしょう。]]>
        
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    <title>天華三法行を始めたい人のために</title>
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    <published>2010-09-15T14:43:55Z</published>
    <updated>2010-09-15T14:46:02Z</updated>

    <summary>天華三法行を、これから始める人や始めたばかりの人から、よく質問を受けることがあり...</summary>
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    </author>
    
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://universal-joy.net/blog_seminar/001/">
        <![CDATA[天華三法行を、これから始める人や始めたばかりの人から、よく質問を受けることがあります。その一つに、「どうすれば天華三法行を習得することができるのですか？」という質問があります。ここまでセミナーを読まれた方にも、おそらくそんな疑問を抱く人がいるかもしれません。<br />誤解のないように述べておきますが、天華三法行は、学ぶものでも習得するものでもありません。これまでにも述べているように、天華三法行は、これらのものとはまったく次元が違い、歪んだ状態を根底から変えて、自然の法則に沿った本来の自分に成る「行」ですから、簡単な動作にさえ沿って、ただ自然体で行えばよいのです。形式を重んじる要素はどこにもありません。<br />また「続くかどうか心配です」とか、「病気を治すためにやってみたいのですが」といった質問もよく受けます。<br />続くかどうかということについては、最初は雑念がわくため、これでいいのだろうかと不安になって意欲をなくすケースもありますが、雑念がわいても、まわりの音にじゃまされて集中できなくても、いっこうに構わないのです。それを押さえることなく、今あるがままの気分で行えばよいのです。<br />そんな日々を何回か繰り返しているうちに、人によっても違いますが、そのうち、いつもの自分とは違う何かが自分に起きていることに気づくはずです。そうなれば、天華三法行を行うことが楽しくて仕方がなくなります。そして、続くかどうかということよりも、やらずにはおられない自分に変わっていることに驚くはずです。<br />花の種を鉢で育てるときのことを思いだしてみてください。最初は、何も見えないので、本当に育っているのかどうか分かりませんが、しばらくすると芽が出てきます。そうなると、楽しみになって世話をせずにはいられなくなります。すると、すくすくと育っていくので、花が咲くのがますます楽しみになってくるでしょう。<br />それでも、三日坊主になりそうだとか、一人だとどうも励みになるものがないという人は、何人かのグループで実践する手もあります。仲間がいない時には、先に述べた「天華あさなる会」に参加されることをお勧めいたします。<br />次に「病気を治したい」とか、「悩みを解消したい」といった特定の目的がある場合ですが、本来、天華三法行は、願ったり、頼ったり、求めたりするものではありません。<br />前回までにも、天華三法行を行うとどうなるのかについて述べましたが、それは、あくまで結果として生活に実証があらわれることを、分かりやすく説明しただけのものです。その点だけは誤解しないでいただきたいと思います。<br />ただ、最初の動機はどのようなものであってもよいでしょう。人によっては具体的な目標があったほうが始めやすいかもしれません。最初は目的にこだわっていても、実践しているうちに、そんなことはスッカリ忘れて、何も考えずに、ただ天華三法行を行っている自分に自然になってくるはずです。<br />そして、その繰り返しをただ行っているうちに、気がついたら目的が達成されていた、あるいは目的そのものが必要でない自分になっていたという結果が出てくることでしょう。<br />天華三法行は、他に例を見ないものだけに、具体的なイメージがわかないかもしれません。ただ、大自然の智恵の結晶を実践する「行」であり、喜びがわく「行」であることだけは、ぜひ覚えておいていただきたいと思います。<br />人間は、自分で自分を変えようと思っても、なかなか変われるものではありません。だから、天が力を差し伸べてくれているのです。<br />悩みも苦痛も必要としない自分、何のこだわりもなく自由自在に生きる人生、たった一度の人生を「観う(おもう)がままに生き」「与えられた生命を最高に輝かせる」ことができたら、これは最高に価値のある人生です。そのような人生を、あなたが実現できれば、そしてこのセミナー連載がそのきっかけになることができたら、これ以上に素晴らしいことはありません。]]>
        
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    <title>すべては「行う」ことから始まる</title>
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    <published>2010-09-15T02:10:06Z</published>
    <updated>2010-09-15T02:11:03Z</updated>

    <summary>現代人は、昔の人にくらべると、かなり多忙な毎日を送っています。しかし、それだけ身...</summary>
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        <![CDATA[現代人は、昔の人にくらべると、かなり多忙な毎日を送っています。しかし、それだけ身体を動かし、人生を〝体験〟しているかというと、必ずしもそうではないでしょう。頭を動かすことばかりに忙しくて「行う」ことが伴っていないのではないでしょうか。<br />多くの人は、頭を動かし、頭で悩み、頭で人生を何とかしようと思っています。そうではなく、行動を起こさなければ、人生を変えることはできません。このことは、とても大切なことです。<br />生きるということは、〝頭の中で描く人生を生きる〟ことではなく、現実の人生を「行う」ことです。「行う」ことの繰り返し、それが人生そのものなのです。<br />頭の中で喜びにあふれた理想の人生を夢見て、現実社会では苦の人生を歩む。──これはどう考えてもおかしいのですが、そのおかしさに気づくことなく、理想の人生と、現実の人生の違いを痛感しながら、二つの人生の両方を生きている人が実に多いのではないでしょうか。<br />このようなことになるのは、一にも二にも「行う」ことが不足していることに原因があります。<br />「これまで思うような人生を送ることができなかった」と思っている人は、まさにそのタイプに属すると言ってよいでしょう。<br />人生は「行う」ことの連続でしか成り立ちません。行動しなければ、仮想と現実の二つの人生はけっして歩み寄ることはないのです。人生が思うようにならなかったのは、「自分が観う(おもう)ように行わなかった」ことに他ならないのです。<br />では、なぜ「行う」ことができなかったのでしょうか。<br />その原因は、あなたの頭の中にあります。人は何をするにしても、まず頭の中で考え、納得してから初めて行動しようとします。しかし、頭というのは、考えれば考えるほど、否定的な結論を出してしまいます。<br />「本当にできるだろうか、失敗したらどうしよう、人は何と言うだろうか、別にやらなくても、それにおっくうだし──」<br />といった具合に、否定する方向へと自らを導いていきがちです。そして、結局は、「考えて、何もしない」「やってみたいけれど止めた」ということになってしまうケースが多くなるのです。<br />ところが、そうやって行動しなかったことに納得できればよいのですが、頭の中には、自分自身に対する不満がいつまでも残っていきます。そして、人生への不満へと変わっていくのです。<br />私たちは、もっと「行う」ことに関して目を向けるべきです。そして、実際に「行う」べきです。行わなければ何も変化は起こらないし、また進化も生まれないからです。頭で考えて学ぶことも、理解することもよいのですが、それが実践できなければ、また生活に活かせなければ、何もしないのと同じことになるのです。<br />たとえば、今、とある人が不幸であるとします。その状況を、先がまったく見えない暗闇のトンネルの中にいるものと仮定しましょう。そのとき、その人が頭の中で、そのトンネルに入ったことを後悔しても、どうしようかと思案しても、ただ暗闇の中に立ち止まっているだけで、何の進展もありません。<br />このようなときには、何も考えずに、ただ足を前に出すことです。その先に何があるかは分からなくても一歩一歩、前に歩くことです。そうすれば、はるか向こうにわずかな光がみえてきます。すると一瞬にして気持ちが明るくなり、不安も疲れも吹っ飛び、思わず駆けだしたくなるほどの喜びがわいてくるはずです。<br />不幸な状況を、トンネルの例で話しましたが、何事も出口のない人生はありません。行動すれば、かならず光は見えてくるのです。<br />私たちは人生を受け身で考えるのではなく、自分の人生を「自分の観い」で歩くことをもっと真剣に考えるべきです。なぜなら、その繰り返しを「ただ行う」ことこそが、あなたを幸福に導く唯一の方法だからです。 ]]>
        
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    <title>天華三法行の魅力は実証されること</title>
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    <published>2010-09-13T15:30:17Z</published>
    <updated>2010-09-13T15:36:23Z</updated>

    <summary>さて、ここまで天華三法行を行うとどのように変わっていくのかを、「能力」と「自分の...</summary>
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        <![CDATA[さて、ここまで天華三法行を行うとどのように変わっていくのかを、「能力」と「自分の魅力」を例にあげて説明をしてきました。<br />分かりやすく説明するために、一つひとつを個別に取り上げてきましたが、実際には、このような個別の力となってあらわれるのではなく、それらのすべての元になる「観い(おもい)」のエネルギーが源(わ)いてくるのです。この「観い」のエネルギーが、生活の中で生かされたとき、ここで説明してきたような、その時々に必要な力となってあらわれてくるのです。<br />もう一つ、誤解しないでいただきたいことは、天華三法行は、このような力がわいてくることを願ったり、求めたり、頼ったりしても、あなたの思い通りにはならないということです。<br />天華三法行は、何も考えずに、ただ繰り返しているうちに、その結果として、人間が本来持っている喜びが自然にわき、最高の人生を送れる力がわいてくるものなのです。<br />したがって、願う必要もなく、求める必要もありません。「行」を楽しみながら、ただ繰り返して行ってさえいれば、特に望まなくても自然にその結果が出てくるのです。<br />天華三法行は、これまでにも述べたように、今の自分を、人間本来の姿に戻すための「行」です。自分を歪めている殻を破り、自分を解放して、内に潜む生命エネルギーを最大限に生かせる自分になることが目的の「行」です。言葉を変えれば、自分が根本的に変わる「行」なのです。<br />このような「行」が、生活の中で日々の習慣になれば、確実に変わることができるでしょう。そして、人生を「観い」のまま生きることができるようになります。その変化がどのようなものなのかは、体験してみると一番良く分かるのですが、それがまだの場合は先の例で想像していただくしかないでしょう。言葉では、天華三法行の素晴らしさを説明するには限界があるのです。<br />しかし、私たち人間がどれだけ不自然な生き方をしているか、そして、自然体で生きることがどれだけ大切なことかは、これまでのセミナーの内容で十分にお分かりいただけたかと思います。また、自然の法則にしたがい、自然のリズムと共鳴して生きることで、私たちの生命がいかに輝くことができるかということもご理解いただけたかと思います。<br />私たち人間は、悩みや不安を抱え、ストレスを抱えて生きることが普通になっています。そして、「人生に苦労はつきもの」という常識がまかり通っています。それでいて、一方で幸福を求め、またその一方で人生はそんなものだとあきらめの気持ちを抱いて、悩みを増大させていることでしょう。<br />どこかで、そんな自分を変えなければなりません。そして、人生を変えていかなければ、どこかで悔いが残ります。生きているうちに、人間としての〝本当の喜び〟を体験しなければ、生まれてきた意味を真にまっとうすることはできません。<br />これまで何度も述べましたが、私たちは〝喜びの人生〟を実現するために、この地球上に自分という生命を授かったのです。あなたの過去がどうであっても、いま残された時間を、そのために使うべきなのです。幸福を実現するために、どれだけの時間が必要という条件はありません。幸福は常にあなたの内にあります。それに気づくことさえできれば、幸福を実現することは、そんなに難しいことではないのです。]]>
        
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    <title>人のために役立つ自分がいる</title>
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    <published>2010-09-11T17:12:18Z</published>
    <updated>2010-09-11T17:14:54Z</updated>

    <summary>人間としての魅力の中で、一番大切なものであり、それでいて忘れがちなのが「他の人の...</summary>
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    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://universal-joy.net/blog_seminar/001/">
        <![CDATA[人間としての魅力の中で、一番大切なものであり、それでいて忘れがちなのが「他の人のために役立つ」ということです。人のために自分を役立てることのできる人を「人徳のある人」と言いますが、その徳が備われば、最高に魅力ある人になることができます。<br />私たちが幸福を考えるとき、陥りやすい誤解が一つあります。それは、自分が幸福になることばかりを考えて、幸福を追い求めていることです。<br />まず自分が幸福にならなければ、他の人の役に立つことができないと思われるかもしれませんが、そうではありません。自分だけの幸福は、この世の中では実現不可能なことなのです。<br />私たち人間は、一人で生きているのではありません。前にも述べたように、大自然のすべての恵みを受けて生かされているのです。そして、同じ人間である多くの人たちの有形無形の影響を受けながら、天の意思によって生かされているのです。<br />そのような存在であることが理解できれば、おのずと〝生かされている〟ことへの感謝と、喜びが生まれてきます。喜びがあるということは、満たされた気持ちがあるということであり、満たされた気持ちがあるということは、不満がない、恨みがない、不安がないということです。<br />このような気持ちを持つ自分になることができれば、ごく自然な気持ちの発露として、他の人のために役立ちたいと思うようになってきます。人間は本来、そのような気持ちを持って生まれているのですが、自我の方が成長してしまい、自分のためばかりを思うようになったのです。<br />人のために役立つとは、他の人が真の幸福を取り戻すために役立つということです。それは具体的には、自分の喜びを他の人に分け与えるという行為となってあらわれます。もちろん、その行為には打算があっては意味がありません。見返りも何も求めず、ただ人を喜ばせてあげたいという純粋な気持ちで行うことです。そして、その人の喜びを、自分の喜びとして本当に喜べることができたら、そのとき、初めて自分にとっての〝本当の幸福〟が実現するのです。<br />このような気持ちを、具体的な行動であらわすことができると、人間として、〝最高の魅力〟を備えることができるのです。<br />さて、そのような気持ちを持つことができるでしょうか。自分中心で、何事も利害で考える人には、もちろん不可能です。自分の悩みで精いっぱいだから人のことなんか構っていられないという人にも無理でしょう。しかし、最初はそうであっても、前回までに述べたような自分の魅力があらわれてくるうちに、そのような人ほど、「人を喜ばさずにはいられない人」に変わっていくのです。<br />それは、自分を覆っている殻が固くて厚い人ほど、その殻が破れたときに、内からあらわれてくる〝自分の魅力〟の素晴らしさを知ることになるからです。]]>
        
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    <title>素直さにかなうものはない</title>
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    <published>2010-09-11T07:38:23Z</published>
    <updated>2010-09-11T07:40:04Z</updated>

    <summary>人間としての〝本当の魅力〟が表にあらわれてくると、私たちにはいくつかの変化が見ら...</summary>
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    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://universal-joy.net/blog_seminar/001/">
        <![CDATA[人間としての〝本当の魅力〟が表にあらわれてくると、私たちにはいくつかの変化が見られるようになってきます。その一つに「素直さ」があります。<br />魅力というものを考えるとき、真っ先に考えなければならないのが、この「素直さ」です。自分に素直でない、素直に自分の気持ちがあらわせないといったことは、日常生活でよくあることです。人によっては、素直でない表現、素直でない行動の方が多いかもしれません。〝素直になる〟ということは、案外に難しいものなのでしょう。<br />私たちは、なぜ素直になれないのでしょうか。その理由は、先に述べた自信喪失と深い関係がありますが、多くがコンプレックス（劣等感）にあります。自分が他の人より劣っていると思い込んでいる心理が、裏返しになって対人関係にあらわれてくるのです。<br />たとえば、親しくなりたいと思っている人に対して、自分から積極的に近づくことのできない人がいます。本人も、またまわりの人も消極的な性格だと思いがちですが、そうではありません。このようなタイプの人は、自分に魅力がないと思い込んでいて、そのコンプレックスを相手に知られたくないという自己防衛の心理が働き、気持ちとは裏腹に自分の気持ちを押さえ込んでしまうのです。<br />また、だれに対しても、すぐ批判したり、ケチをつけたり、悪口を言う人がいます。このタイプの人も、原因はコンプレックスにあります。自分の自信のなさを認めたくないために、人を見下げることで、その人より自分が上だと思い込もうとしているのです。<br />このように、コンプレックスが原因で、自分の気持ちを素直にあらわせず、人に対して反抗的であったり、ひねくれた考え方をしたり、また嫌われる行動をしてしまうケースはあなたのまわりを見ても、けっして少なくないのではないでしょうか。<br />自分に素直になれず、他人に対しても素直になれない状態で生きている人はたくさんいます。とても損な生き方をしているのですが、実は、その人たちも、自分が素直でないことは十分に自覚している場合が多いのです。<br />コンプレックスというのは、心の中で複雑な変化をして、自分でもコンプレックスによるものだと自覚できないほど、巧妙かつ屈折した形で表面にあらわれてきます。そのため、素直な気持ちをあらわしたいのだけれども、幾重にも重なった心理要因が妨害して、逆の言動をとらせてしまうのです。<br />「そんなつもりではなかったのに、ついいや味を言ってしまった」とか、「自分を分かって欲しかったのに、また虚勢を張って嫌われた」といったことは、多かれ少なかれ、だれにでもあることでしょう。<br />そのような言動をしてしまったとき、心の中に何か嫌な気持ちが生まれてきます。それは自分に対して不自然なことをしてしまったからです。そこで素直でない自分に対して、本当の自分がシグナルを送ってくれているのです。<br />そのシグナルに耳を傾け、本当の自分の観い(おもい)のままに〝素直な自分〟を表現できたら、どのような人間に変わるでしょうか。<br />頑固にこびりついていたコンプレックスや、頭の中にいっぱい詰まっている〝こだわり〟がすべて消えてしまうと、まるでホースの出口を塞がれていた水が、その障害物がなくなったおかげで勢いよく飛び出してくるように、あなたの内から〝生命エネルギー〟がわいてきます。<br />その解放感から生まれる喜びの素晴らしさは、計り知れないものがあります。これまでなんと不自然で窮屈な生き方をしてきたのだろうと、きっと驚くに違いありません。そして、素直になれた自分がいかに魅力的であるかを実感することができるでしょう。<br />そうなると、周囲の人たちの見る目も接する態度もガラリと変わってきます。<br />あなたが寄っていかなくても、向こうからあなたと親しくなりたいと近づいてくる人が増えてくるでしょう。なぜなら、素直さが持つ力には人の気持ちをなごませ、人を喜ばせ、人を引きつける力があるからです。自然体の〝素直さ〟には、だれもかなわないのです。<br />そのような〝素直な自分〟に、人はだれでもなれるのです。<br />
<br />
<span class="h">笑顔を忘れていませんか</span><br />
<br />
そして、笑顔の絶えない魅力的な人になることができます。<br />楽しいときやうれしいときに、私たちの顔は自然に〝笑顔〟になります。何事も上手くいっている職場や家庭には〝笑い〟があります。そして、心がなごむ光景を目にすると〝微笑み〟が浮かんできます。<br />人の顔は、その時々の気持ちをそのままにあらわします。そして、その人が一番魅力的に見えるのは、なんと言っても、喜びに満ちた〝笑顔〟があらわれているときです。このような笑顔を見せられたとき、人はだれでも、その人に好感を覚え、そして気持ちがなごみます。笑顔は、自分の喜びだけではなく、他の人をも喜びに巻き込む力を持っているのです。<br />笑顔というのは、悲しいとき、つらいとき、あるいはストレスが溜まっているときには、そうたやすく浮かんでくるものではありません。それらのすべてから開放されたとき、本当の笑顔は浮かんでくるのです。<br />昨今、社会からこの〝笑顔〟が消えたということが問題視されているとも聞きます。競争社会の中で、いつも何かと競争することに追われ、仕事や家庭の問題で頭を悩まし、多くの人が、精神的なゆとりをなくして、〝笑顔〟を忘れてしまっているのです。そして、逆に人を嘲笑する、都合の悪いことを笑いでごまかすといった、屈折した〝作り笑顔〟が横行している現状もあるのではないでしょうか。<br />笑顔を見せない人間、笑顔がわかない社会というのは、どう考えても不自然なことです。それだけ、世の中が複雑化して歪んでしまい、人も社会も、何か大切なものを置き忘れたまま、前へ前へと進んでいるようです。<br />魅力的な笑顔というのは、悩みや不幸を抱えた人、あるいは足ることを知らず常に何か満たしてくれるものを求めている人には、けっしてあらわれることはないでしょう。どんなに笑顔を見せようとしても、表情には無理があらわれてきます。逆に、喜びの観い(おもい)が源(わ)いている人は、無意識のうちに自然に笑顔になっています。自分の内から魅力があらわれてくるのです。<br />顔の表情には、その人の生きざまがそのままあらわれてきます。いつもムッとした顔、眉間にしわが寄っている顔、くったくのない顔、微笑が絶えない顔──いつの間にか人それぞれに、その人なりの顔つきができ上がっていくのです。<br />さて、あなたは最近、喜びに満ちた〝笑顔〟を経験したことがあるでしょうか。自分の内から自然にわいてくる〝微笑み〟を感じたことがあるでしょうか。<br />笑顔には、いろんな効用があります。まず、ぎくしゃくしがちな人間関係を円滑にしてくれます。ストレスを開放させて視野を明るくしてくれます。身体の自己治癒力を高めて健康にしてくれます。そして何よりも、あなたを魅力的な人間にしてくれます。<br />このように、笑顔というのは、私たちが生きていく上でなくてはならない役割を果たしてくれるのです。その笑顔を忘れて、幸福というのは成り立ちはしないでしょう。<br />本当の笑顔は、あなたがすべてのものから開放され、素直で自然のままの自分になれたときに、あなたの内からわいてきます。そして、その笑顔は、あなたの観いが作る〝最高の笑顔〟となります。<br />このような笑顔を絶やさない毎日が実現したとすれば、あなたの人生はどのように変わってくるでしょうか。考えただけでもワクワクした気持ちになりませんか。あなたは「よろこびの表現体」として、この世に生を受けた一人の人間です。最高の笑顔になれる魅力は、いま現在、あなたの内に秘められているのです。 ]]>
        
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    <title>あの人のようになりたい</title>
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    <published>2010-09-10T08:44:58Z</published>
    <updated>2010-09-10T08:46:36Z</updated>

    <summary>前回までに、天華三法行によってもたらされるものを、「感性」と「プラス発想」といっ...</summary>
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    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://universal-joy.net/blog_seminar/001/">
        <![CDATA[前回までに、天華三法行によってもたらされるものを、「感性」と「プラス発想」といった社会的に活かせる力の例で述べましたが、今度は、私たちの内面に目を向けてみるとどうでしょうか。生きることに自信がみなぎる、優しい心の持ち主になれる、素直な性格になれる、魅力的な人間になれる......等々、数え上げれば切りがありません。<br />そこで、これらのすべてを含む〝魅力的な人間になれる〟という例を上げて、天華三法行によって表れる、私たちの内面的な変化について説明を加えていくことにします。<br />さて、まず最初に、あなたが最も幸福になっているときのイメージを、夢物語で自由に想像してみてください。さて、あなたはどのようなことを思い描くでしょうか。<br />家族みんなで温泉につかってのんびりしている夢、恋人と結婚して素敵な新婚生活を送っている夢、別居している娘夫婦が親孝行のために訪ねてくれる夢など、人それぞれに、このようなことが実現したらいいだろうな、というイメージがあると思います。<br />あくまでこれらは目に見える幸福であり、これらが幸福のすべてだと言っているわけではありません。むしろ幸福というよりは〝望んでいる〟ことですが、このように、自分なりの幸福・希望をイメージしているとき、だれにも共通していることが一つあります。それは、その夢の中の主人公である自分が、とても〝魅力的な自分〟になっているということです。<br />案外、このことに気づく人は少ないようですが、魅力のない自分のままで、幸福な自分を想像することはとても困難なことなのです。いま現在の自分のままで、先ほどのような夢がかなった場合を想像してみてください。すると、本当に願っていることは、〝魅力的な自分になりたい〟ということであることが、よく分かるはずです。<br />実は、幸福になりたいということと、自分が魅力的になりたいということは同じことなのです。幸福になれたから魅力的になるのではなく、魅力的な人間になれること自体が、幸福の実現だと言ってもよいのです。<br />ここで言う魅力とは、容姿が美しいとか、他人より優れた能力を持っているとか、性格が温和であるといったことではありません。あなたを生かしてくれている〝あなたの生命の魅力〟のことを言います。<br />先に、「人間は喜びの表現体」であると述べましたが、私たち人間の生命は、喜びのエネルギーそのものです。その喜びのエネルギーが、自然な形で身体いっぱいに満ち満ちてくれば、あなたの生命が持つ魅力は、あなた自身の魅力となって現れてくるのです。<br />あなたのこれまでの人生の中で、一番あなたが魅力的だった頃を思い出してください。それはいつでしょうか。あなたが生まれてまだ年端もゆかない頃だったかもしれません。あなたの笑顔や寝顔を見ているだけで、両親も祖父母も、たまらなく愛しくて、無償の愛を注ぎたい気持ちでいっぱいになったのです。それだけ魅力的だったのです。<br />なぜ、そんなにも魅力的であったかというと、それは生命の喜びのエネルギーを身体中で表現できていたからなのです。これだけ純粋で、これだけ本物の魅力を私たちは生まれたときには持っていたのです。そして、今もなお身体の内に持っているのです。その魅力が大人になるにつれて失せていったのは、その喜びのエネルギーを表現できなくなってしまっただけの話です。<br />この本物の魅力を、いま一度、あなたの内から引き出すことができれば、幼少の頃に比べて知識も経験も、そして知恵も備わった現在のあなたは、人間として素晴らしい魅力を発揮することができるのです。<br />そして、あなたを見る人々や、接する人々が、「あの人のようになりたい」と、あなたを評したら、それは本物の〝魅力的な人間〟になれた証拠です。<br />あなたの容姿や、洋服のセンス、マナーの素晴らしさといった表面的な魅力は、それはそれで一人で生きているわけではない社会において最低限身につけておかなければなりませんが、人の目を引きつけることはできても、人の心を引きつけることはできません。外側を懸命に磨いても、それは幸福を実現する要因としては小さなものです。自分の内側にある本当の魅力こそが、幸福を実現させるエネルギーになるのです。<br />あなたが身にまとっているモノをすべてかなぐり捨てて、丸裸になったとき、身体の内から源(わ)いてくる〝本当の魅力〟が、あなたを輝かせていれば、人はだれでも「あなたのようになりたい」と思うことでしょう。そのときのあなたは、人間として本当に魅力的であり、そして、本当の幸福を実現していると言ってよいでしょう。<br />
<br />
<span class="h">自分に自信を持つことから始まる</span><br />
<br />
私たちが、人間本来の魅力を失った理由は、自分にまとわりついた欲望や見栄や自尊心といった、実にさまざまな〝こだわり〟に振り回されている間に、自信を喪失してしまったからです。求めても得ることができない不満やあせりを何度も味わっているうちに、そんな自分に嫌気がさして、自分で自分自身を認めることができなくなったのです。<br />自分という人間に不安感や不信感を覚えると、その内にある〝本当の自分〟がどれだけ素晴らしい魅力を持っているかということに気づくことはできません。仮に、気づいたとしても、今度はその魅力そのものを信用することができないのです。このように、自信を失うということには、「私はダメな人間だ」と、自分のすべてを否定してしまう怖さがあります。<br />しかし、そんなにも自分をダメにする〝自信〟そのものが、自分を計るに値するものであったかどうか、疑ってみる必要があります。なぜなら、過去の成功した体験が、つまり、求めて得ることができた体験が〝自信〟になっている場合が多いからです。<br />そのような自信は、一度失敗すると、たちまち喪失してしまうものです。そんな不安定な自信を、自分の判断基準に置いて、人生の支えにしていること自体に問題がありはしないでしょうか。<br />本当の自信とは、あなたの生命に与えられている使命と、その力と魅力の素晴らしさを自ら信じることです。これには理屈も確証も必要ありません。ただ無条件に信じきってしまうことです。そして、自分の生命の素晴らしさを、自分を計る〝基準〟に置けば、それは一生揺らぐことのない〝自信〟となって、あなたを支えてくれるのです。<br />それを可能にしてくれるのは、あなたの内から源(わ)いてくる「観い(おもい)」です。人生は、あなたの〝思い通り〟にはなりませんが、あなたの〝観い通り〟にはなるのです。その観いが源いていれば、「人間としての魅力」がわいてくるのと同時に、前回までに述べたような社会で活躍できる能力も発揮できるようになります。あなたが自信を持とうと意識しなくても、あなたの内から自然に自信に満ちた力がわいてくるのです。<br />自信と魅力は表裏一体のものです。自信のある人の振る舞いは、明るく活気があるため魅力的に感じます。その魅力は周囲の人に受け入れられるため、さらに自信が持てるようになるのです。<br />自信のない人は、そんな自分に魅力を感じないため、自分自身を嫌いになるという心理が働きます。そのために、自分の内側を見ることさえ避けるようになり、その結果、本来の自分の素晴らしさに気づくチャンスさえ喪失してしまうのです。<br />物事は何でもそうですが、良い方向へ回る循環と、悪い方向へ回る循環があります。どちらに回るかは、ほんのちょっとしたキッカケによって決まってきます。良い方向へ回るためのキッカケは、いろんな欠点のある自分を、いまのままで丸ごと好きになることです。自分を好きになれば、自分に関心が向いてきます。そうすれば、自分の内にある〝本当の自分〟に気づくことができます。すると、その魅力を表に出してみたいという気持ちになれるはずです。<br />私たちの内には、いろんな魅力がいっぱい詰まっています。それを覆っているものを取り払えば、私たちは自然に〝魅力的で素晴らしい人間〟になることができるのです。 ]]>
        
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    <title>習慣化されたマイナス発想</title>
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    <published>2010-09-08T06:44:03Z</published>
    <updated>2010-09-08T07:44:18Z</updated>

    <summary>何事にもとらわれず、身も心も自然のままの自分になれると、前述のように、人間本来の...</summary>
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        <![CDATA[何事にもとらわれず、身も心も自然のままの自分になれると、前述のように、人間本来の「感性」が活発化してきますが、それと同時に、いわゆる「プラス発想」になることができます。<br />プラス発想というのは、私たちが積極的な人生を送るために、そして、何らかの形にせよ社会で活躍するために欠かせない〝能力〟です。そこで、天華三法行の繰り返しによって、日常生活に表れる具体的な力の一例を取り上げてみたいと思います。<br />
プラス発想というのは、何事も肯定的にとらえる思考を生みだします。楽観的、あるいは前向きな考え方を生むと言ってもよいでしょう。逆にマイナス発想は、消極的、悲観的、否定的にとらえる思考を生みます。<br />たとえば、ボトルに残ったわずかなウィスキーを見て「もうこんなに飲んでしまったのか」と思う人と、「まだこんなに飲めるのか」と思う人がいます。〝もう〟と思った人は、残りを飲むのが惜しいでしょうが、〝まだ〟と思った人は残りのお酒を飲むのが楽しくて仕方がないでしょう。<br />たったこの程度のことでも、プラス発想かマイナス発想かで、毎日の生活は大きく変わってきます。なぜなら、日常生活とは、このようなささいなことを〝どう感じるか〟の繰り返しだからです。<br />もちろん、プラス発想で暮らすことができれば、つまらないことで腹が立つこともないし、ちょっとした出来事にくよくよしたり、悲観的になったりすることもなくなります。<br />ところが、「もっと気軽に考えようよ」とか、「そんな小さなことでくよくよしないで」と人から言われた時、たいていの人は、そうしたいと思いますが、なかなか自分の気持ちを変えることができないものです。<br />なぜなら、そのような考え方を、これまで長期間にわたって繰り返してきた結果、マイナス発想が習慣化されて、どのようなことに対しても、悲観的、消極的な見方や考え方しかできなくなっているからです。<br />たとえば、マイナス発想の人は、人に親切にされても、「あの人が親切にしてくれるのは、裏に何かあるに違いない」と、その人の裏の心理を探ろうとして、素直に好意を受け取ることができないことがあります。<br />また、自分の目で確認できないことに対してもそうです。たとえば、部下が得意先を訪問すると言って、会社を出かけても、<br />「あいつは、きっとさぼっているに違いない」という見方しかできなくなるのです。<br />このように、他人を信じることができなくなり、他人が自分に対してすることは、すべて疑ってかかるという歪んだ心理を持つようになります。そうなると、逆に人から嫌われる人間になってしまうかもしれません。<br />また、自分に対して、「私は学歴が低いから出世できない」とか、「私は魅力がないから恋人ができない」といったように、つまらないことにこだわり、自分を卑下してしまいがちな人もいます。この思い込みが強くなるとコンプレックスとなり、その人の一生をみずからの手で窮屈なものにしていくことにもなりかねません。<br />このように、何事もマイナスにとらえていく見方や考え方を繰り返していると、素直でない人間、ひがみっぽい人間、不満だらけの人間、疑心暗鬼の人間に、知らず知らずのうちになっていってしまいます。<br />このようなマイナス発想の人は、自然のリズムに沿った「行」の繰り返しによって、自然な見方、素直な考え方ができるようになって、物事をあるがままに見よう、前向きに考えよう、積極的に行動しようといった気持ちが自然に生まれてくるようにならなければならないでしょう。<br />
<br />
<span class="h">プラス発想に切り替わることの素晴らしさ</span><br />
<br />
さて、マイナス発想から「プラス発想」へと頭を切り替えることができると、私たちにどのような変化が起きるのでしょうか。<br />たとえば、何かをするとき、「できるかどうか不安だな」とか「失敗したらどうしよう」といったように、何もしない前に、あれこれと心配してしまうクセはありませんか。これはマイナス発想が自分自身を支配しているからです。<br />しかし、プラス発想になると、同じことでも「ダメでもともとだから、どうせなら楽しんでやってみよう」とか、「やってみれば、何とかなるかも知れない」といった気持ちが自然に出てくるようになります。<br />このように、プラス発想の人には考え方に無理がなく、しかも積極性があります。そして、余計な心配をしないため不要にストレスを抱えることもありません。それでいて、同じことをしても、好結果を生むことが増えてくるのです。<br />一例を挙げてみましょう。たとえば、友人から、「その優柔不断な性格がだめなんだ」と、あなたの性格を批判されたとします。その時、あなたは知人に対してどのような反応を示すでしょうか。<br />一瞬、頭がカッときて逆に相手の欠点を指摘する、懸命になって自己弁護をする、不愉快になって黙ってしまう──といった反応を示す人も少なくないかもしれません。<br />このような場合、もしあなたが知人の批判に逆らうことなく、その通りだと同意したとすれば、どのような変化が起きるでしょうか。<br />「そう言われてみれば、そんな欠点があるかもしれないな」と素直に反応すると、知人はあなたの意外な反応に驚くかもしれません。そして、あなたという人間を見る目が変わってくるでしょう。そのとき、あなたの気持ちは、悪感情を抱くわけではなく、むしろそう言えた自分をほめてやりたいような良い気分になれているはずです。<br />このような例の場合、お互いにマイナス発想だと、お互いにマイナスの結果を出してしまいますが、あなただけでもプラス発想をすることができれば、お互いに認め合う気持ちが生まれ、２人とも深い安堵につくことができるのです。<br />プラス発想には、このように自分がプラスになれるのと同時に、まわりの人に対してもプラスの影響を与える効果があります。したがって、「人のすることが気にいらない」「人の意見を聞かない」「人の気持ちを疑う」といったことが原因で、いらいらしたり、腹を立てたり、人を責めたりすることがなくなってきます。<br />その分、毎日が楽しくなり、そして、自分のペースで行動することができるようになるので、何をしても無理がなく、物事が良い方向へと向かっていくことになります。見方や考え方が変わるだけで、こんなにも毎日の生活が変わってくるのです。<br />また、プラス発想の効用は、このように日々の生活が好転するというだけではありません。あなたの可能性を無限に開くという効用もあるのです。<br />アメリカのある大学で、学生を対象にプラス発想の調査をしたところ、10人に１人しかプラス発想をする人はいなかったというデータがあります。また、別の調査をした心理学者は、「本当の意味でプラス思考の人は、わずか５％しかいない」という結果を得たそうです。<br />これらの調査が正しい統計を得るために十分かどうかは定かではありませんが、いずれにしても、圧倒的多数の人がマイナス発想の持ち主であるということは察しがつくでしょう。ということは、もしプラス発想に頭を切り替えることができたら、それだけで10人に１人、20人に１人という選ばれた人になれるということです。<br />また、古今東西の〝偉人〟が、どのような思考の持ち主だったかを、性格分析によって調べた学者がいます。その結果は、ほとんどすべての偉人がプラス発想の持ち主だったそうです。<br />つまり、プラス発想になれるということは、日常生活に良い変化が起きるだけではなく、その気になれば、どのような分野でも活躍できる力を持てるということなのです。<br />「難しい国家試験だけど、私でも取得できるかもしれない」「上司が私のことを嫌っているけど、いつか私の良さを分かってくれるに違いない」といったように、何事も前向きにとらえ、積極的に行動できるようになるのだから、不可能だと思えることでも可能になってきます。このような、素直で積極的な人になることができたら、社会で活躍できる可能性は、今よりもはるかに広がってくるのは言うまでもありません。<br />さて、ここまでで、天華三法行の繰り返しによって、私たちの内に潜む素晴らしい力が発揮できるようになるということを、より理解していただくために、その一例として「感性」と「プラス発想」を取り上げて説明してきました。<br />もうお分かりだろうと思いますが、天華三法行は、そんな力を引き出したいと願ったり、求めたりして行うものではありません。毎日、ただ繰り返し「行」を行っているうちに、自然にあなたの内から表れてくるのです。自分の意思で生み出すのではなく、無意識のうちに、結果として、あなたが生まれたときから持っている力が表れてくるものに過ぎないのです。<br />天華三法行は、あなたの〝源〟に働きかける行です。あなたの生命の〝源〟に繰り返し働きかけることにより、生命エネルギーは、本来の人間が発揮していたように活発化してくるのです。そうすると、生命エネルギーは、先に述べたように「観い(おもい)」となって無意識層から意識層へと源(わ)き上がってきます。<br />その「観い」のエネルギーが最高に源いている状態を繰り返すことができれば、ただそれだけで、あなたが幸福になるために必要とするすべての力が、あなたの内から表れてくるのです。<br />天華三法行は、そのような力を現実の生活の場で実証してくれる「行」なのです。 ]]>
        
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    <title>右脳人間が活躍できる</title>
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    <published>2010-09-07T02:05:56Z</published>
    <updated>2010-09-07T02:06:42Z</updated>

    <summary>右脳には、私たち人類が進化するために、天から与えられた智恵がたくさん詰まっていま...</summary>
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        <![CDATA[右脳には、私たち人類が進化するために、天から与えられた智恵がたくさん詰まっています。それは、自然の法則そのものである「真理」に直結する智恵です。<br />その智恵と、左脳が持つ理解力、論理的思考力を調和させて、日常生活に生かすことができたら、また社会に生かすことができたら、これは大変な力を発揮することになることは間違いありません。<br />人はだれでも、自分の力を発揮して、社会で活躍したいという気持ちを持っています。得意な語学を生かして国際的に活躍してみたい、自分のアイデアを事業化したい、教育者として子供を立派な人間に育てたい、人のために役立つ仕事につきたい──といったように、いろんな希望があるはずです。<br />多くの人は、前にも述べたように、左脳だけで考えるため、どうしても悲観的な答しか出ず、自分で自分の能力に見切りをつけて、あきらめてしまいます。行動を起こす前に、できるとかできないとかを頭で考えて、感性がやりたいと思っていることを押さえ込んでしまい、やる気が失せてしまうのです。<br />実は、右脳には一つ大きな特長があります。それは、右脳には〝やる気〟を限りなく生み出してくれるという働きがあるということです。<br />仕事でも遊びでも、何かに没頭しているときには、時間も忘れてそのことに熱中してしまい、もっとやりたい、やってみたいという気持ちになってしまいます。それは、右脳が活発に働いて、エンドルフィン、ドーパミンといったやる気を生み出すホルモンが分泌されて、〝やる気〟をどんどん送り出してくれているからです。<br />やる気があって何かをするのと、やる気がなくてするのでは、発揮できる力が断然違ってきます。よく「やる気があれば何でもできるよ」と言われますが、その通りなのです。<br />ただ、残念なことに、右脳はその気になっても自分の意思で動かすことはできません。いくらやらなければと頑張っても、なかなか〝本気〟の気持ちは生まれてきません。<br />それを可能にするのは、頭の中を空っぽにして、自分の内から源(わ)いてくる「観い(おもい)」を実感し、そして、本来の自分が持つ力の素晴らしさを確信することです。その確信が刺激となって、右脳は活性化してくるのです。そして、〝やる気〟のホルモンを分泌し始めるのです。<br />人は、何かを確信することによって、自分でも思ってもみなかったような大きな力を発揮することがあります。それは確信を抱くことで、あらゆる雑念が消えて、右脳が〝やる気〟を生み出し、確信を抱いた目的に向かって、何の迷いもなく自分を導いていくことができるからです。<br />〝やる気〟は、単なる感情ではなく、人間として生きていこうとする根源的な力です。人間は、この積極的な気持ちがあったからこそ、今日まで進化することが可能になったのです。つまり、やる気という感情は、人間の活動の源泉であり、生命の誕生時から与えられていた力なのです。<br />本当の〝やる気〟は、あなたの喜びの観いが最高に源いているときに、自然に出てくるものです。その最高の状態になれているときは、何をしても、それがどんなに大変なことであっても喜んで行うことができます。やりたくて仕方がなくなり、また行うことが喜びになってしまうのです。その意味では、右脳は〝喜びの脳〟と言ってもよいでしょう。<br />このように、右脳から生まれる人間本来の「感性」には、単にアイデアとか、ひらめきを創出するだけではなく、人間として伸びようという意欲を創出する働きがあるのです。<br />したがって、右脳が開発されると、ただのやる気ではなく〝本気〟が自然に生まれ、いろんなことに挑戦しようという積極的な気持ちになることができます。そして、創造力と見えないものに対するイメージ力が発揮されるようになるので、自分でも思ってもみなかった力が発揮できるようになります。<br />このような力こそ、いま社会が抱えている種々の問題解決に必要なものであり、先に述べたように、その力を持っている人は、21世紀に入った今、いろんな活躍のチャンスが用意されているのです。<br />人間性を軽視して発展している現代社会は、理論・理屈による左脳偏重の社会と言えます。そして、多くの人が人間らしさを失って、悩みや苦痛を抱えながら生きているのも左脳中心の考え方が身に染みついているからです。<br />私たちは、もっと右脳による人間本来の「感性」を使って、バランスのとれた人間になる必要があります。「知性の左脳」と「感性の右脳」の二つの脳力のバランスが取れて初めて、私たち人間は、人間らしい気持ちが持て、人間らしくその力を発揮することができるのです。<br />〝やる気〟が生まれ、感性と理性の力が発揮できれば、人生が好転しないわけがありません。あとは、その力を使って、いかにあなたが楽しみながら人生を歩んでいくかということだけなのです。 ]]>
        
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    <title>積極的な人生を歩もう</title>
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    <published>2010-09-06T08:02:05Z</published>
    <updated>2010-09-06T08:45:13Z</updated>

    <summary>さて、天華三法行が、人間本来の自然な姿を取り戻し、あなたの内にある素晴らしい力を...</summary>
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    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://universal-joy.net/blog_seminar/001/">
        <![CDATA[さて、天華三法行が、人間本来の自然な姿を取り戻し、あなたの内にある素晴らしい力を引き出してくれる「行」であることはお分かりいただけたと思います。<br />天華三法行を始めると、個人差はあれ、知らず知らずのうちに、身体中にエネルギーが満ちて、元気はつらつとした気分になってきます。身体の調子も良く、頭も冴えて、何をやっても上手くいくような気がして、毎日が楽しくて仕方がなくなってくるはずです。<br />そのような日々を繰り返していると、自分自身が、着実に良い方向に変わっている実感を味わうことができるようになります。そして、いつの間にか、日々の生活が充実してきていることに気づくようになるでしょう。<br />それだけではなく、なぜだか苦手だった仕事が上手くできたり、思わぬきっかけで魅力的な人と出会えたり、うれしい便りが届いたりといった、気持ちが踊るような楽しい出来事が身のまわりに起きてくるようになるでしょう。<br />これは、天華三法行の繰り返しによって、人間本来の姿を取り戻せてきたからです。前にも述べましたが、人間は本来、喜びそのもの、健康そのものであり、そして繁栄そのものの存在なのです。その本来の姿に近づいていけるだけで、これだけの力がわいてくるのです。<br />〝不自然な人間〟を生きるか、自然の法則にそった〝自然な人間〟を生きるかの違いだけなのですが、現実の人生には、天と地の違いほど大きな差が表れるものです。<br />このように言っても、抽象的なイメージしか浮かばないかも知れません。そこで、現実に、あなたを変える力を、いくつかの例で紹介してみましょう。<br />
<br />
<span class="h">右脳が開発され「感性」が豊かに</span><br />
<br />
前にも述べたように、私たちは自分の内に〝幸福になれるすべての力〟を持っています。その力は、日常生活の中で必要に応じて、いろいろな形の力となって表れてきます。その中から、「感性の力」を選んで、見ていくことにしましょう。<br />なぜ、「感性」を取り上げるかといえば、昨今、「感性」に社会が注目しているからです。理論や理屈が優先されてきた社会の中で、人間性が喪失されてきた反省から、「感性」を生かすことの大切さが問われ始めています。そして、「感性のある人」が求められているのです。<br />そのあたりの背景も含めて、あなたが「感性の力」を発揮できるようになると、社会的に、どのような活躍ができるようになるかを説明していきたいと思います。<br />今までの社会は、頭の良い人が優秀な人だという常識があり、官庁も企業も高学歴の人を優先して採用するという風潮がありました。<br />一般的に、頭が良いというのは、記憶力があり、論理的な思考ができ、頭の回転が早いことを言います。いわゆる理性脳と呼ばれる〝左脳〟が優れている人のことです。それに対して、感覚で物事をとらえる「感性」についての評価は、芸術家や職人を除いて、社会的には低い評価しかなされていませんでした。<br />ところが、左脳優先の社会では、創造性の発揮に限界があるということと、人間性が喪失されるという問題が生じて、ここ数年、感性脳と呼ばれる「右脳」の力の重要性に目が向けられ始めています。<br />右脳は、アイデア、ひらめき、想像力、直観といったイメージに関する力をつかさどっています。私たち現代人は、小学校のときからどちらかといえば左脳を重視した教育を受けてきたため、普段の生活においても左脳中心で物事を判断しがちです。「理屈に合わない」「根拠がない」といった考え方がそうです。<br />しかし、人間はもともと「感性」を中心にして生きてきたのです。大自然の中で暮らしていた当時、目に映るものをあるがままに見て、あるがままに感じるという能力がなかったら、人間はとても生きていくことはできませんでした。そのため、感性が鋭く磨かれ、真理を感性で理解するという能力を身につけていったのです。<br />人間がもともと「感性」で判断し、感性で行動していたことは、身近な経験でも知ることができます。<br />「特に疑問はないけど、何か嫌な予感がする」「理論的には正しいけど、なぜか納得いかない」「その通りだと思うけど、どうしてもその気になれない」といった気持ちになったときのことを思い出してみてください。<br />左脳の〝理性〟は正しいと判断しても、右脳の〝感性〟が納得しないと、あなたは行動しようとしないはずです。そして、あなた自身にとって、どちらが自然かというと、感性で判断したことの方がはるかに自然に受け入れられるのではないでしょうか。それは、人間がもともと「感性」優先で生きてきたことによる、ごく自然な判断だからです。<br />ところが、左脳優先の社会では、感性で判断することをとても嫌います。理屈に合わないことは間違っているという常識が、感性の判断を押さえ込んでしまうのです。そのため、目で確認できなければ、また理論・理屈で説明がつかなければ、頭から無視してしまうという誤った判断をするようになってきたのです。<br />また、現代社会が人間らしさを損なわせ、殺伐とした世の中になってきたのも、利害を計算して行動する人、知識を悪用してだます人、自分中心で他人を無視する人など、左脳中心ですべてを考える人が増えているからでしょう。<br />このように言うと、左脳がダメで、右脳が正しいと受け取られそうですが、そうではありません。問題は左脳偏重の考え方には弊害があるということであって、どちらも正しく生かすことが大切なのです。<br />人間の大脳が、右脳と左脳の二つで構成されているということは、天がこの二つの脳を使って知恵と力を出しなさいと言っているということに他なりません。それが左脳中心になっているのは不自然なことで、人間本来の力を発揮することを阻んでいることになるのです。<br />天華三法行は、この右脳と左脳のバランスを取り、本来の機能を発揮させてくれます。そうなると、人間本来の「感性」がよみがえります。本来の人間の感性は、人間味のある豊かな感受性、見えないものを見る直観、固定観念にとらわれない創造性などの力を持っています。それらの力が、日常生活の中で発揮されるようになるのです。<br />たとえば、直観が鋭くなると、工事現場の前を通るときに、理由はないのに「何かおかしい感じがする」と思って足を止めたら、突然、目の前に鉄骨が落ちてきたといったようなことが、現実に起きてくるかもしれません。目には見えないけれど、何らかの歪んだ波動が、あなたの感性に不協和音を響かせるのです。<br />また、人間本来の感受性が発揮されるようになると、人の喜びをわがことのように喜べる人間になることができ、また、自分の喜びを他の人に分け与えることが自然にできる人間になれます。感性豊かな人が、人間として魅力的なのは、このような人間らしさが身体の内から自然ににじみ出ているからです。<br />このように、人間本来の「感性」が表にあらわれてくると、人間的にも、また能力的にもいろいろな力が発揮できるようになります。そうなると、人生が楽しくて仕方がなくなるのは当然ですし、またまわりの人も、あなたを放っておくわけがありません。その結果、仕事にも、人間関係にも、いろんなチャンスが増えてくることになるのです。 ]]>
        
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    <title>お金に対する不自然な考え方</title>
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    <published>2010-09-04T02:09:48Z</published>
    <updated>2010-09-04T14:49:40Z</updated>

    <summary>前回述べたとおり、不自然さに慣れて現代に暮らしていると言える私たちですが、それが...</summary>
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        <![CDATA[前回述べたとおり、不自然さに慣れて現代に暮らしていると言える私たちですが、それがあたりまえという感覚になっているのではないでしょうか。<br />私たちの人生に、一番大きな影響を与えているものに〝お金〟があります。そのお金を例にして説明していきましょう。<br />貨幣社会において、生活をしていく上で、何と言ってもお金は必要なものです。私たちが人生を生きるための努力と時間の大半は、このお金を稼ぐために費やされていると言っても過言ではないでしょう。ところが、そのお金が、人生の大半の悩みや不安を生み出し、労せずしてお金が手に入れば怠惰な心を生み出し、時として人の人生さえも狂わせてしまいます。なぜ、このようなことになるのでしょうか。その原因は〝お金〟にあるのではありません。お金に対する間違った考え方が、お金を通じて悩みや不安をつくり出しているのです。<br />たとえば、少しでもお金を得たいがために一流会社に就職します。そして仕事を頑張って出世しようとします。その結果、重役になれ、世間もうらやむような生活ができるようになります。出世するということは人並み以上に努力をするということです。その努力が、もし〝お金〟に集中していたとすれば、その人は相当に無理をしているはずです。その無理から、心の安定や幸福が生まれることは想定しづらいことでしょう。<br />このように言うと、「お金のために働いているのではない」と言う人もいます。では、もしみずからが勤める会社が倒産したり、リストラされて会社を放り出されたとしたらどうでしょう。そのとき、<br />「私はあの会社で何十年も働いて幸せだった」と言える人がはたして何人いるでしょうか。また、たとえ本当に働き甲斐を得ていたとしても、待遇に対して文句を言うことはなかったでしょうか。<br />人は何か不自然な自分を感じたとき、自分で自分をだまそうとします。自分の行為を正当化しようとする意識が働くのです。お金がからむと特にその傾向が強くなります。しかし、どんなに自分をだましても本当に自分を納得させることはできません。そのことはだれもが一番よく分かっているはずなのに、それを認めたくないもう一人の自分がいるために、自分で自分をごまかしてしまうのです。<br />先にも述べたように、お金は必要なものです。そしてお金を稼ぐことも、けっして悪いことではなく、稼げる人はどんどん稼げばよいのです。問題はそうではなく、そのお金に執着してしまう自分にあるのです。お金はある意味で人生を楽しくしてくれる効果があります。しかし、あくまでも手段であり道具であって、お金そのものが幸福をもたらすことはあり得ないのです。<br />よくある話ですが、<br />「将来が不安だから、もっと頑張って貯金をしなくては」「老後に備えて五千万円を貯金したから、私の老後は安心だ」と言う人がいます。そして、そんな人を見て、あの人は堅実だとか、見習わなくてはと思ったりする人がいます。確かに貯金が増えれば、それだけ安心感も増えます。生きることに自信もついてきます。<br />しかし、ここで気づいていただきたいことは、何だかんだと言いながら〝人生をお金に託している自分〟が、そこにいるということです。そう思って貯金している意識はなくても、お金は手段であって目的ではないと分かっていても、いつの間にか、そうなっている自分に気づかず、生きるための努力が、お金を稼ぐ、〝苦の努力〟にすり変わってしまう人は、けっして少なくないでしょう。<br />この目的と手段の逆転が極端に走ると、人は犯罪さえ犯すようになります。周知のとおり、ますます犯罪が激化するぶっそうな世の中になっていますが、その犯罪の大半がお金がらみでしょう。お金に執着した結果、お金を得るためには人の道を外しても構わないという気持ちになり、人の命さえ奪ってしまいます。人生という目的とお金という手段が逆転してしまうと、人はここまで変わることができるのです。これがお金に執着する怖さなのです。<br />社会的に高い地位にある立派な人たちが、贈収賄や横領などの犯罪を犯すのも、知らず知らずのうちに、人生の目的が〝お金〟にすり変わって、お金に執着し、お金を握りしめようとした結果に他なりません。その人たちも、生まれたときには、そんな人ではなかったはずです。どこかで自分を見失い、それに気づくことなく間違った人生を突っ走っていたのです。<br />極端な例を挙げましたが、いずれにしても、お金に執着する、お金を握りしめるようになると、人はそのために無理をしようとします。そして不自然な気持ちを抱き、不自然な行為をしようとします。そこから得られるものは、目先の快楽、目先の欲求を満たす満足感であり、それ以上のものはけっして得られないでしょう。<br />同じことを繰り返しますが、お金という道具を稼ぐことは悪いことではありません。むしろ稼げるならばどんどん稼げばよいでしょう。お金には何の罪もありません。お金に執着する、お金を握りしめる、そしてお金に自分の人生を託してしまうということに問題があったのです。<br />〝お金に使われる人生〟ほどつまらないものはありません。お金を求めるという気持ちは、いろいろに形を変えて私たちの目の前にあらわれてきます。だから、なかなか気づくことができないのです。<br />これまで私たち人間は、幸福を物に求め、便利さに求めてきました。さらに付け加えるならば、社会的な地位に求め、見栄に求め、生活スタイルに求めてきました。これらのすべてに、だからお金が必要だという意識が隠されているのです。それらはすべて幸福への道ではなく、物質的な生活を豊かにする道であり、同時に、私たちを真の幸福から遠ざける道だったのです。<br />
<br />
<span class="h">自然な自分が一番素晴らしい</span><br />
<br />
ここまで、人間は本来「自然の法則」にしたがい、自分の内にあるリズムと、宇宙のリズムとが調和しているときに、自分の生命を最高に輝かせることができるという話をしました。そして、現実の生活の中には、不自然なものも多くあり、その中で自分自身もまた不自然になっているという話を、少ない例でしたが夕食とお金のケースについて述べてきました。<br />このように見ていくと、まるで人間らしさが失われていく社会の中で、私たちはこれまでのような生き方をしていては、人生そのものを見失ってしまうかのようですが、このような時代だからこそ、私たちは人間らしく〝本来の自分〟を取り戻して生きていかなければなりません。<br />あなたの内に目を向け、あなたの生命が奏でるリズムに気づき、そのリズムを自分らしく発揮させて、「自然の法則」が奏でるリズムに共鳴していくこと。つまり、「観い(おもい)」を源(わ)かせ、その、「観い」を正しく使って、あなたのまわりとの調和、そして大宇宙との調和をとることができれば、あなたは、どのような状況におかれていても幸福になることができるのです。そして、人生を観うがままに楽しむことができるのです。<br />今の世の中を批判する、自分の境遇をなげく、仕方がないと努力をあきらめる。このような気持ちを持つことほど、バカバカしいことはありません。あなたは、自分を生きる権利があるのです。喜びに満ちた人生を生きるという使命があるのです。そして、前に述べたように、その力のすべてを、あなたはすでに持っているのです。<br />自分らしく、そして人間らしく生きるということは、その持っている力を、ただ繰り返しあなたの表面に表わすことだけでよいのです。そうすれば、自然に源いてくる「観い」が、あなたの不自然な部分を自然に戻してくれます。そして、世の中がどうであれ、人間らしい自分を生きることができるはずです。<br />そうなれば、あなたの生活にリズムが生まれてきます。「自然」のリズムが、あなたの今の生活リズムを変えて、新しいリズムを生んでくれるのです。<br />生活を変える、生活を改めるというのは、そのような生活を生み出している本質を変えなければ、どんなに努力しても変わるものではありません。目先を追い、目先の変化を求めるのではなく、目には見えない不自然さに気づき、自分を本当の自然体に戻すことに目を向けるべきです。<br />自然体の自分というのは、無理をしない自分、素直な自分、積極的で明るい自分のことです。そのような自分になることができれば、無理のない生活、素直な生活、積極的で明るい生活は、それこそ自然に実現できるのです。<br />時代の変化に流される自分ではなく、また、まわりの環境に影響される自分ではなく、生かされている人生を〝自然体の自分〟で生きる。そのことの大切さを、もうあなたは十分に理解されたと思います。そして、天華三法行(てんかさんぽうぎょう)が、そのような〝自然体の自分〟を引き出してくれる「道具」であることも、十分に理解されたのではないでしょうか。 ]]>
        
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    <title>身のまわりにも不自然さが</title>
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    <published>2010-09-03T08:41:26Z</published>
    <updated>2010-09-04T01:07:33Z</updated>

    <summary>私たち人間は、あたりまえのことですが、〝人間〟として生まれてきました。しかし、文...</summary>
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        <![CDATA[私たち人間は、あたりまえのことですが、〝人間〟として生まれてきました。しかし、文明が進み、科学が発達し、経済が豊かになるとともに社会構造は複雑になり、人間が人間として生かされている「自然の法則」というものを少なからず忘れて、軽視してきました。<br />そして今、私たち人間は、人間として生まれながら、人間として生きることがとても難しい環境の中で生きています。本来持っているリズムが乱れ、人間を生かす他のすべてのリズムと調和しなくなり、あたりまえのことが、あたりまえにできなくなってきたのです。<br />このように言うと他人事のように思われるかも知れませんが、ちょっと気をつけてみると、ふだんの生活の中にも、不自然なことがたくさん発見できるのです。<br />身近な例を挙げてみましょう。たとえば、毎日、家族そろって夕食の卓を囲むことができる家庭がいったいどれだけあるでしょうか。「せいぜい日曜日だけ」という家庭がかなり多いことに驚かされます。父親は仕事で夕食の時間には帰れない。下の子は塾に行くために一人で早めにすませる。上の子は友達と遊びに行っているといったように、家族バラバラの夕食をする家庭が増えていると聞きます。<br />昔は、貧しいながらも家族で食事をすることは、ごく自然なことでした。そうしない方がむしろおかしかったのです。そして、夕食こそが一家団らんの場であったのです。ところが、現在の不況こそあれ、昔に比べれば経済的に豊かになって、食卓はぜいたくになったのに、肝心の家族がそろわないのです。もちろん、すべての家庭がそうだとは言えませんが。<br />日本は、世界的にみても有数の先進国です。それだけみんな頑張って働き、子供の頃とは比べ物にならないほどの生活を築いてきました。その努力の目的は、家族の幸福ではなかったのでしょうか。しかも、家族で海外旅行といったレジャーよりも、一家団らんの夕食を楽しむ幸せを願って、頑張ってきたのではないでしょうか。お金持ちになった人でも、豪邸を建てるときには、この部屋で家族そろって夕食をと夢を描きながら新築したのではないでしょうか。<br />どんなに時代が変わっても、夕食の時間になると家族が全員そろい、食卓を囲んでなにげない雑談の一時を過ごすというのが、家族の幸福の原点であるはずです。かつては、それができていたのに、頑張った結果、ぜいたくはできるようになったけど家族が夕食にそろわなくなったというのはおかしなことです。<br />「そうできればうれしいけど、みんな忙しいから仕方がないよ」。だれもがそう思い、それがあたりまえのこととして受け止められているのです。現実問題として、今の社会環境では、家族そろって夕食をとるということは大変難しいことです。しかし、日常生活でごく当然のことでさえ困難にする現代社会、そして、それを不自然と思わなくなった人々の感覚は、何かが少しずつずれてきているのではないでしょうか。<br />夕食に関連して、食品に目を移してみても、不自然なことはたくさんあります。<br />食卓に上がる野菜もそうです。健康に気をつける人が増えて、最近、有機栽培野菜が人気になっていますが、野菜は、もともと有機栽培だったのです。それが生産効率を上げるために科学肥料を使うようになり、私たちの健康を少なからず脅かすことになってしまいました。「健康にいいから野菜を食べなさい」という母親が、その野菜を買うのに健康の害を心配しなければならなくなったのです。<br />野菜だけではありません。果物や魚は、新鮮さを見せかけるために科学薬品でツヤを出す。自然の色では見かけが悪いために着色料を使う。長持ちするように保存料を使う。量を増やすために増量剤を使う。このように自然の恵みを、不自然に加工して、自然に見せかけるということを繰り返しながらやってきたのです。きれいごとなんて言ってられず、利益を計上していくためにはやむをえない策なのでしょうが、それが、今日までの経済発展であり、食文化の進歩だったのです。<br />そして、使い捨て文化の発達で、ペットボトルや発砲スチロール容器など科学製品の廃棄物が大量に増え、その廃棄物が公害となり、人間の生命を脅かす事態までも引き起こしてきたのです。<br />一番身近な夕食の例を一つとってみても、こんなにも不自然な問題があります。このように、あたりまえのことが、あたりまえでなくなっているケース、不自然さが当然になっているケースは、少し気をつけて見ただけでも、あなたの身のまわりから山ほど発見することができるはずです。<br />科学技術が発達し、経済が豊かになるにつれて、本来自然であるべきことが、不自然に変わっていき、まるで私たち人間を幸福から遠ざけているかのようです。私たち人間は、おそらくこのような世の中を願って頑張ってきたのではないでしょう。悩みや不安をなくし、安心して暮らせるあたりまえの幸福を願って頑張ってきたはずです。しかし、結果はまるで逆、かえって悩みをつくり不安を増す方向に世の中は動いているかのようです。<br />これはひとえに、努力の方向が自然にかなったものであったか、否かです。不自然な努力からは不自然な結果しか生まれてきません。そして、不自然な社会からは、けっして真の幸福が生まれてくるわけはないのです。 ]]>
        
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